終わった話

経過した事物

2020.12.09

朝、家を出たときにフリースに白いホコリがいくつもついているのが目につき、手で払っているうちにそのうちのいくつかがホコリではないことに気付いた。

見上げると、白く小さくかたい粒がぱらぱらと降り始めているところだった。初雪だった。

 

職場を変えてから、仕事に対するスタンスが様変わりしてしまった。

前提として、経営体、つまり組織は有機物だ。

前職では、とにかく主体的に動いて突然変異を起こして成長を促すことが、ひとつの細胞である自分にできる最良の働きだと思っていた。

いまは、恒常性を保つことが自分の仕事だ、と思っている。

突然変異を起こして既存の組織の一部分を壊死させることよりも、いまある組織を円滑に回すことのほうが今日の生存のためには優先される。

感じず、表さず、動く。どうってことないことを引き受け、そつなく終える。7時間を5日間。

 

むしゃくしゃして、大音量でZAZENBOYSを聴きながら車を運転する。

 

虚しさを紛らわすためにまた本を抱えて国道沿いのスターバックスに行った。

岸正彦さんの『断片的なものの社会学』を読み進める。

人間の孤独と断絶を正確に捉え、そのうえでそれを肯定して(くれて)いる本だと思った。

 

自動ドアから知っている人が誰も入ってこないことに安心するためにチェーン店に行く。

この世には私がまだ出会っていない人やこれからも出会わない人の方が多いことに安心する。

同時に、目の前の空いている椅子に、親しい人が座っていることを想像する。

目の前の架空の存在がどんな人でどのように親しい関係性なのかまではうまく想像することができない。

 

それを詳細に想像することができるようになれば、いわゆる「幸福」に近づくことができるのだろうか。

いや、人と人との関係性は、そんなものではない。

というか、そうあってほしくはない。生命がそんな程度のものであってよいはずがない。

 

職場に対して感じている苛立ちの素因はたぶん、自分のこうした価値観だろうと思う。

まだまだ遊び足りない。私たちが生まれた理由がわからなくなるほどに、暴れまわりたい。

 

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