2020.12.06
昨日は、めあたらしいことがめまぐるしかった。
一人暮らしを始めてからなぜか頑なに否定していた座椅子を自ら生活に導入したり、街を散歩していたら3年ぶりの知人にバッタリ遭遇して小一時間話し込んだり、冬の曇りの隙間の陽光を喜んで布団を干したり、映画を沢山観たり。
何度かの中途覚醒を経て、ぼんやりした頭で起床した。
友だちとの待ち合わせ時間までに日記を書いて掃除をしよう、と思っていたが、うまく文章をまとめることができない。
ごはんを食べてぼーっとしていると、待ち合わせの時間が近づいてきてしまったので、とくに何も成さずに家を出た。
金曜日のうちに、週末は平泉に行こう、と声をかけていた。
毛越寺はとても広く、境内の庭で浄土世界(の考え)が表現されているらしい。
かつてお坊さんが修行?されていたお堂が数多くあり、大学のキャンパスみたいなものか…?と想像した。
境内の植物の葉先や足元の石や落ちている枯れ葉まで佇まいが高潔で、背筋が伸びる。
おみくじ2人とも大吉でうれしい。
とても大きくてさわるとあたたかかい木。
いつどうなってそうなって、いまどうやって生きてんの、の木。
(リンク先は↑の画像の動画です)
遣水は平安時代の庭園の技法のひとつで、いわば日本最古の人工の川のかたちとのこと。
ちなみに現存しているのはここくらいのものらしい。マジ?
かつて人が生活に流れる水を取り込もうと思ったこと、その際に流れの見た目だけでなく音までもを設計したことについて、納得感や安堵があった。
平安時代の雅なお方々、私もそう思います。
鴨南蛮はおいしい。
中尊寺は激坂にお堂がいくつも建っていて、平坦だった毛越寺とは打って変わって、参拝しながら平泉の町を見下ろすことができる。
中でも金色堂や本堂の内外部において、浄土世界そのものが建築の形で表現されていた。
(あまりに尊いとされるものは写真が撮れなかった)
金箔で覆われて螺鈿細工が施された空間は当然だがあまりにも豪奢で、これを見てしまったらむしろ現世に希望を持てなくないか…?と、かの時代のお方々にあらぬ懸念を抱いた。
亡くなった後に安置される場所だから、これを目指して頑張ろう!みたいなモチベーションだったのだろうか。
私は、中尊寺を見ると死にたくなるけど、毛越寺の中でなら生きたいな、と思う。
隠れ里みたいにお堂がいくつもある。
お堂の改修工事の過程を初めて見た。
能の舞台もあった。カッケー。
買ってきたお茶を飲みながら、おみくじを解釈する。
何をやってもうまく行くけど、まずは望みごとを変えることです、とのこと。
変えるも何も、何が望みなのか、何を望んでいいのか、さっぱりわからなくなっているところです。
そういうことですか?と今日お会いした仏様達を想う。