終わった話

経過した事物

2021.07.29

台風と共に繁忙期は過ぎ去り、それも決して平穏とはいえない日常が戻ってきた。

この春に転職して就いた仕事は思っていたよりも専門性が高く、日々の研鑽を義務付けられている。

やりがいはかなりあるが、負荷もかなりある。

正気を保つのが精一杯だ、というのが実感だ。いつも、専門性に人間性が負けてしまいそうになる。(まったく不可思議な表現だ。)

 

仕事上、意味のある文章ばかり作成していたら、意味のない文章を書くことが怖くなってしまった。

読むことで何か意味をもたらすような文章でなければ書いても意味がないような気がしている。

嘘。本当は、目まぐるしく変わる情勢に慌ただしく振り回される情緒を、いちいち言語化するのが面倒になっただけかもしれない。

近ごろはやたらに写真ばかり撮っている。綺麗なものを綺麗だと思うだけでいいから、写真は好きだ。押せば、あとは撮れた写真が説明してくれる。


仕事帰りにトイレットペーパーを買うために寄ったスーパーで、半額のかれいの切り身を見つけて、喜んで、買って、帰って、煮付けて、流し台の上で食べた。

食べたら片付けをして、お湯を沸かして、おやつを食べて、お茶を飲んで、サブスクリプションサービスでアニメを見た。

望んでか望まれてか(それすらもうわからない)、受動的な日々だ。

台所の窓から見える景色はやたらにきれいで、私は視野が狭くなっている。

眠る前に水を飲んだとき、コップの底に書かれた文字がやけにハッキリ見える、と思った。