終わった話

経過した事物

2021.05.14

先輩からタンブラーをもらったことをきっかけに、朝にコーヒーを淹れるようになった。

偶然にも、もらったタンブラーがもっていたドリッパーにちょうどハマるサイズだったので、直接淹れて外に持ち出せる手頃さで習慣付けることができた。

自炊ができないくらいに余裕がないとき、コーヒーを抽出するだけでも自炊に求めていた欲求をわりと満たすことができるとわかって、おもしろいなと思っている。

結局、自分が自炊に求めていることは、栄養の摂取というよりも日々におけるブレだということなんだと思う。どうやら私は同じものごとを感じつづけていることにわりとすぐ辟易してくるタイプらしい。常に誰にもわからないレベルで微かな変化が欲しい。

そうした同じ機能を果たす上で、コーヒーはみそ汁と違って持ち歩いてちびちびと飲めるのがいい。朝に淹れれば一日中効果を持続することができるので効率的だ。

いまは近所の店で買った粗挽きの豆を試していて、昨日はドリッパーを雨上がりの砂場のようにしてしまったけれども、今日はいくらかきれいに淹れることができてよかった。

抽出はおそらく科学なんだろうと思うので、もっとうまく淹れるためには勉強が必要なのだろうと思っている。でも、いまの自分の、ちょっとおいしいスムースな泥水みたいなコーヒーもそこそこ好きだ。

 

今日は5回ほどデスクを蹴り飛ばしそうになったけれども、5回とも我慢したのがえらかった。

頼まれた仕事がまったくもってダメで、ポカをした上に、自分の仕事もぜんぜん思ったとおりに進められなかった。

勤務時間だけが超過していき、結局不本意なままで退勤。

もうなにもわからない、という状態になって、わかる範囲のこと(弁当を食べる、シャワーを浴びる)だけをして寝た。これが金曜で幸いだった。