終わった話

経過した事物

2021.03.19

業務の関係で学校の卒業式に参加した。

 

自分の卒業式でもさほど泣かなかったのに、彼ら彼女らが式に臨む表情、佇まい、仕草のすべてが尊いものに思え、おこがましくも関係する諸先生方を差し置いて止めどなく涙を流していた。

特に合唱の場面では、自分が参加するのは大嫌いだったのにも関わらず、いたく感動してしまった。

普段よく知るその人(達)が歌っているのだ、力を込めて発話しているのだ、と思うと、どんなメロディーであれ愛おしげな音に聴こえてくる。

それを踏まえた上で、すごく綺麗な音だった。なるほどね、人間、意味の有無はさしおいて、この営みは続けてきたわけだわ。なんかいいもんね、これ。

 

しっかり情緒を揺さぶられてすっかり疲れ、ぐったりした状態で業務をこなしてさらにぐったりした。

繁忙がひと段落して、次の繁忙の裾野が見えてきている。

3月はいつもそうだ。終わりの季節と始まりの季節が重なる汽水域はちょっと息苦しい。